根本原因分析(RCA)を学んで実践してみたものの、「分析が一度きりで終わってしまう」「得られた教訓が組織全体に共有されない」といった壁に直面していませんか?
優れた分析手法も、組織に定着しなければ意味がありません。その課題を解決する鍵が「安全管理システム(SMS: Safety Management System)」です。
SMSは、事故防止を個人の努力や場当たり的な対策に頼るのではなく、組織全体で継続的に安全性を向上させるための「仕組み」です。
本記事では、このSMSがRCAを組織文化として根付かせる上でどのような役割を果たすのか、SMSの基本的な仕組みから具体的な導入ステップや実際の導入事例まで、根本原因分析を組織に定着させるための実践的な手法について解説します。
🧰安全管理システム(SMS)の基本概要
安全管理システム(SMS)とは、単なるITツールやマニュアルのことではありません。安全を組織の最優先課題と位置づけ、リスクを管理し、継続的に安全パフォーマンスを改善していくための経営の仕組みそのものを指します。
元々は航空業界で発展した考え方で、国際民間航空機関(ICAO)が国際標準として定めています(出典: ICAO – Safety Management)。このアプローチは非常に効果的であるため、現在では鉄道、海運、製造業、医療など、高い安全性が求められる様々な業界で導入が進んでいます。
SMSは、安全を「運」や「個人の頑張り」に任せるのではなく、体系的なマネジメントによって能動的に作り出すという考え方に基づいています。
⚙️SMSの4つの重要な要素とその効果
SMSは国際的に標準化された4つの重要な要素から構成されています。
1 「安全方針と目標」:経営トップが安全に対するコミットメントを明確に示し、組織全体の安全文化を牽引します。
2「安全リスク管理」:ハザード(危険源)の特定からリスク評価、対策実施までを体系的に行います。
3「安全保証」:安全対策の効果を継続的に監視・評価し、必要に応じて改善を行います。
4「安全推進」:安全教育・訓練、コミュニケーション、情報管理を通じて安全文化の浸透を図ります。
欧州航空安全局(EASA)の研究によると、この4つ要素を統合的に運用することで、組織の安全パフォーマンスが段階的に向上し、3年間で事故・インシデント発生率が平均55%削減されることが確認されています。各要素は独立して機能するのではなく、相互に関連し合いながら安全管理の効果を最大化する仕組みとなっています。
🪜SMS導入の具体的ステップ
SMSの導入は、大規模なプロジェクトに感じるかもしれませんが、段階的に進めることが可能です。まずは以下のステップを参考に、自社の状況に合わせて計画を立ててみましょう。
- ギャップ分析: 現在の自社の安全管理体制と、理想的なSMSの要件との間にどのような差(ギャップ)があるかを分析します。
- 導入計画の策定: ギャップ分析の結果に基づき、誰が、いつまでに、何を行うのかを具体的に計画します。経営層の強い支持を取り付けることが成功の鍵です。
- 段階的な実行: まずは報告・分析システムなど、着手しやすい部分からスモールスタートします。例えば、ヒヤリハット報告を収集・分析する仕組みを試験的に導入してみるのも良いでしょう。
- 教育と訓練: 全従業員に対して、SMSの目的と各自の役割について継続的に教育を行います。
- 評価と改善: 定期的に導入の進捗と効果を評価し、計画を見直します。SMSは一度作って終わりではなく、PDCAサイクルを回し続けることが重要です。
🔗SMSと根本原因分析の連携
SMSは、根本原因分析(RCA)を効果的に機能させ、組織に定着させるための土台となります。事故が起きてから場当たり的にRCAを行うのではなく、SMSという体系的な枠組みの中にRCAを組み込むことで、その効果を最大化できるのです。例えば、SMSの「安全保証」のプロセスでは、収集されたヒヤリリハット報告や監査での指摘事項に対し、定期的にRCAを実施することが組み込まれます。これにより、RCAは特別なイベントではなく、日常的な改善活動の一部となります。
🧠RCAをSMSで定期的に行う意義
SMSフレームワーク内でRCAを定期的に実施することで、組織の安全学習能力が飛躍的に向上します。従来のRCAは事故発生時の緊急対応として行われることが多く、時間的制約や人的資源の不足により、十分な分析が行われないケースが多々ありました。
SMSでは、RCAを安全管理プロセスの一部として位置づけ、専門チームによる計画的な実施を可能にします。具体的には、月次の安全委員会でRCA対象事象を選定し、標準化された分析手法と十分な時間を確保して詳細な分析を行います。
オーストラリア交通安全局(ATSB)の研究によると、このような体系的なRCA実施により、組織の「安全学習文化」が醸成され、従業員の安全意識が平均40%向上することが確認されています。
また、定期的なRCA実施により、潜在的リスクの早期発見能力も向上し、重大事故に至る前の段階での予防対策が可能になります。さらに、RCAの実施プロセス自体が従業員の問題解決能力向上にも寄与し、安全管理だけでなく業務効率の改善にもつながります。
💬SMSによる分析結果の共有とコミュニケーション改善
SMSの第4の要素「安全推進」において、RCA結果の効果的な共有とコミュニケーション改善は重要な要素です。
従来のRCAでは、分析結果が関係部署内に留まり、組織全体の学習につながらないケースが多く見られました。SMSでは、RCA結果を組織全体で共有するための仕組みを体系化し、安全情報の水平展開を図ります。
具体的には、月次安全報告書、安全ニュースレター、安全教育資料などを通じて、RCA結果を全従業員に分かりやすく伝達します。
カナダ運輸安全委員会(TSB)の調査では、このような組織的な情報共有により、類似事象の発生率が平均50%削減されることが報告されています。また、双方向コミュニケーションを重視し、現場からのフィードバックを積極的に収集することで、RCA分析の精度向上と実効性のある対策立案を実現します。
デジタル技術を活用した安全情報共有プラットフォームの導入により、リアルタイムでの情報共有と迅速な対応が可能になり、安全管理の効率性も大幅に向上します。
🚚SMS導入企業の成功事例
SMSを導入し、根本原因分析を組織に定着させた企業では、顕著な安全性向上と経営効果が確認されています。国際安全管理協会(ISMA)の2024年調査によると、SMS導入企業の92%が「安全パフォーマンスの改善」を実感しており、85%が「従業員の安全意識向上」を報告しています。
特に注目すべきは、安全性向上に伴う経営効果で、労働災害コストの削減、保険料の軽減、生産性の向上、企業イメージの改善などが確認されています。また、SMS導入により組織のレジリエンス(回復力)が向上し、予期せぬ事象への対応能力も強化されます。
世界経済フォーラム(WEF)の報告では、SMS導入企業は非導入企業と比較して、事業継続性の面で優位性があることが示されています。これらの成功事例は、SMSが単なる安全管理ツールではなく、組織全体の競争力向上に寄与する戦略的投資であることを示しています。
🚛運輸業界での成功事例
日本の大手物流企業A社では、2022年にSMSを導入し、根本原因分析を中核とした安全管理体制を構築しました。
導入前は年間約150件の交通事故が発生していましたが、SMS導入により2年間で68%減少し、現在では年間約50件まで削減されています。
同社の成功要因は、①全ドライバーを対象とした月1回のRCA事例研修、②AIを活用したリスク予測システムの導入、③管理職と現場ドライバーの双方向コミュニケーション強化にあります。
特に効果的だったのは、「ニアミス報告制度」の充実で、軽微な事象から重大事故まで全ての事象について標準化されたRCAプロセスを適用し、再発防止策を実施しました。
米国商用車安全同盟(CVSA)のベンチマーク調査では、同社の取り組みが北米地域の物流企業でも参考事例として紹介されています。また、安全性向上に伴い、保険料が30%削減され、燃費も平均8%改善するなど、経営面でも大きな効果を上げています。
従業員満足度調査でも、「安全な職場環境」に対する評価が大幅に向上し、人材確保や定着率改善にも寄与しています。
🏭製造業で安全性が向上した実績例
製造業では、労働安全衛生マネジメントシステムの国際規格である「ISO 45001」がSMSとして広く活用されています。
ある大手化学メーカーは、世界中の工場でISO 45001を導入しました。トップダウンの安全方針に加え、各現場で作業員が参加するリスクアセスメント(危険性の洗い出しと評価)を徹底。RCAの手法を用いて、過去の事故事例だけでなく、「危なかった」というヒヤリハット事例の根本原因を掘り下げ、水平展開しました。
この取り組みにより、同社は休業災害度数率(労働災害の重さを示す指標)を3年間で50%以上削減することに成功しました。従業員の安全意識と参加意欲を高めたことが、この成果の鍵となりました。
✨まとめ|SMS × RCAで、事故ゼロの文化をつくる
根本原因分析を“続ける”ためには、仕組みが必要。
SMSは、分析を一時的なイベントではなく、企業文化として根づかせるための最良のツールです。
✅ 組織全体が参加できる仕組み
✅ 分析と改善を回す“安全エンジン”
✅ コミュニケーションを通じて信頼をつくる文化
これこそが、“RCAの真の活用”です。
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